老眼鏡は1本あれば十分。
以前の私も、そう思っていました。老眼が出始めた頃は、読むときだけ使えばよく、使い終わったらしまっておくものだと考えていたからです。
けれど、老眼が進んで日常的に老眼鏡を使うようになると、その考え方は少しずつ変わっていきました。
老眼鏡が「たまに使う特別なモノ」から「毎日使う日用品」へと役割を変えたとき、1本で管理することの限界を感じ始めたのです。


なぜ老眼鏡は1本では足りなくなるのか?
老眼が進むにつれて、老眼鏡を使う場面は一気に増えます。
スマホを見るとき、郵便物を読むとき、値札を見るとき、薬の説明書を読むとき…
気づけば、老眼鏡は毎日の生活に欠かせない必需品になっていました。
それでも最初は、「使うときに取り出せばいい」「きちんと管理すれば大丈夫」と、老眼鏡は1本でなんとかしようとこだわっていました。
しかし、実際の生活ではそう簡単にはいきませんでした。
老眼鏡の「かくれんぼ」にストレスを感じていませんか?
老眼鏡を使おうとすると、決まって探すことになります。
さっきまでダイニングテーブルにあったはずなのに。
どこに置いたのか思い出せない。
老眼鏡を探す時間が、思っていた以上に増えていきました。
たった数分のことですが、それが毎日続くと、大きなストレスになっていきました。
老眼鏡はケースに入れて「きちんと管理」しようとすればするほど、使うたびに取り出す手間と、使い終わった後にしまう手間、そして次に使うときに探す手間という三重の負担が生じていたのです。
「忘れたかも」が一番の負担 外出先の不安をなくすには
家の中で老眼鏡を探すだけでもストレスでしたが、外出先ではさらに不便さを感じるようになりました。
今日は老眼鏡を使うだろうか。
カバンに入れたかどうか。
もし忘れていたらどうしよう。
出かけるたびに、こんなことを考えるようになったのです。
実際、レストランのメニューやスーパーの値札を見たいときに老眼鏡がなくて困ったこともあります。あるはずだと思っていたのに、家に置きっぱなしだったことも。
老眼鏡そのものの不便さよりも、「持っているかどうかを気にし続けること」が最大の負担になっていると感じました。
もう探さない!老眼鏡「複数持ち」に切り替えてみた結果
家でも外でも老眼鏡のことで気を張り続ける生活が続き、次第に疲れてきました。
老眼鏡そのものではなく、管理することに神経を使いすぎている状態だったのだと思います。
そこで、「老眼鏡は1本で何とかしよう」とするのをやめました。
必要な場所ごとに置いておけばいいのではないか、と考えたのです。
ダイニングテーブル
自室の机
ベッドサイド
そしてカバンの中(持ち歩き専用)
使う場所に老眼鏡があるだけで、「探す」「忘れる」「持っているか気にする」といったストレスが一気に解消しました。
老眼鏡は大切に管理するもの、という思い込みを手放したことで、生活がずいぶん楽になったと感じています。
老眼鏡を複数持つことへの「心理的な壁」を乗り越える
老眼鏡を複数持つという発想は、正直なところ最初はありませんでした。
「老眼鏡は1本をきちんと管理するもの。
どこに置いたか分からなくなるのは、自分の管理が甘いからだ」と、自分の問題だと考えていたからです。
増やせば楽になると頭では分かっていても、どこかで「だらしない気がする」「物を増やしているだけではないか」という抵抗がありました。
老眼鏡を何本も持つことは、老眼を受け入れてしまうような気がして、気持ちの面でも引っかかっていたのだと思います。
でも、日々続く「管理のストレス」に違和感を感じたとき、ようやく「1本で管理すべき」という思い込みを手放すことができました。
老眼鏡を1本にこだわるより、必要な場所に置いておくほうが自然で、生活に合っていると気づいたのです。
まとめ
私が老眼鏡を複数持つことに切り替えてみて痛感したのは、老眼鏡は大切にしまう「モノ」ではなく、日常を快適にするための「道具」だということです。
老眼が進むと、老眼鏡は包丁やスリッパと同じように、使う場所にあって当然の道具になります。
もしあなたが今、「さっきまで老眼鏡があったはずなのに…」と日々イライラしているのなら、それはあなたの管理能力の問題ではありません。
老眼鏡の数にこだわるのをやめて、「定位置」を増やすという考え方に変えてみてください。
老眼鏡は複数あって良い。
このシンプルな事実に気づき、「老眼鏡の管理」から解放されるだけで、日常の小さなストレスから解放され、生活の質(QOL)は劇的に向上しますよ。


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